技術情報

マイクロ波分解関連

マイクロ波試料酸分解法における酸試薬の正しい選択

はじめに

無機元素分析における試料前処理法のひとつとして、マイクロ波を利用した加熱処理法が挙げられます。密閉容器内で酸試薬により固体試料を液体化するマイクロ波湿式分解法は、高い操作性と生産性を有します。マイクロ波酸分解法を実施するうえで、実験者は酸試薬の特性を把握し、サンプルの分解反応に対して最適な酸試薬を使用することが重要となります。本件では、酸分解処理における各試薬の特性、および試料の組成や目的元素に応じた酸試薬の選択について紹介します。

酸試薬の種類

硝酸(HNO3) Nitric acid

約120℃の沸点を有する強酸化性試薬。高濃度試薬ほど酸化力が高く、高温処理下にて分解力が高まります。炭化水素基で構成される有機化合物全般の酸分解に用います。この化学反応は、
(CH2)x + 2HNO3 → xCO2(g) + 2NO + 2H2O
となり、多量のガス化合物が生成されます。従って、密閉容器内部は高い圧力で推移します。
多くの金属分解に適していますが、Al,Crは不働態化し、Sn,Sb,Te,Zrなどは不溶性塩として沈殿します。

塩酸(HCl) Chloric acid

塩化水素と水の共沸混合物である還元性試薬。
Fe,Crをはじめとする金属および合金の酸分解で広く用いられます。錯形成能力が高く、様々な金属元素と錯体を作ます。難溶性の塩化銀(AgCl)は、大過剰の塩酸条件下にて錯イオン(AgCl2-)となり溶解性が有します。

硫酸(H2SO4) Sulfuric acid

有機化合物に対して高い脱水作用を有します。この場合、硝酸との混酸として用いることで非常に高い酸化力を発揮します。また、単独またはリン酸との混酸は、耐熱性金属酸化物(Al2O3,ZrO2)の分解にも有効です。 一部の金属元素(Ba,Sr,Pbなど)と不溶性塩を生成します。また、硫酸を含む溶液は高い粘性を有するため、ICP-OES,ICP-MSなどに対して物理干渉を及ぼします。
高濃度試薬(<95%)の沸点は330℃であり、マイクロ波酸分解法で用いるTFM樹脂製容器の使用最高温度(300℃)を上回ります。そのため、TFM容器内での硫酸の蒸発乾固処理はできません。

フッ化水素酸(HF) Fluoric acid

毒劇物取締法に基づく毒物試薬。石英,ガラスなどのケイ酸化合物(SiO2)の分解の際に、硝酸との混酸として用いられます。そのほかに、TiO2,W,Nb,Taの分解にも有効です。ガラスを侵食するため、取り扱いや保存にはガラス器具は使用できません。ICP-OES,ICP-MSの石英製導入部を用いる際には、あらかじめフッ化水素酸を除去する操作を行う必要があります。例えば、溶液の蒸発乾固、ホウ酸によるマスキングなどが挙げられます。ただし、As,B,Si,Se,Hgなどは蒸発乾固時に揮発損失してしまうリスクがあります。

過酸化水素水(H2O2) Hydrogen peroxide

試薬純度35%品は弱酸性の無色透明液体。酸分解処理においては単独で使用せず、他の酸試薬と併用します。有機物の分解では硝酸の助酸化剤として、金属試料の分解では塩酸の助還元剤として効果があります。

王水 Aqua regia

硝酸:塩酸=1:3の混酸。高い酸化力を有する塩化ニトロシル(NOCl)によって、AuやPt材料を分解します。またFe,Cr,Coへの腐食性も高いため、鉄鋼試料の分解処理にも広く用いられます。

各試薬による酸分解処理時のポイント

硝酸の純度

有機物試料の酸分解処理においては、硝酸を使用するケースが多くみられます。主に化学分析に用いられる硝酸には、試薬純度が異なる3種類(密度:1.38g/ml、1.40g/mlおよび1.42g/ml)が市販されています。このうち1.42g/ml品は試薬純度が70%であり、1.38g/ml品(同60%)に比べて、有機物試料の分解度合いの向上が期待できます。

有機物分解時の塩酸使用

硝酸に不溶な金属元素を多く含む有機物試料を酸分解する場合には、硝酸に少量の塩酸を加えた混酸を用いることを推奨します。
例えばスズ(Sn)が添加されたプラスチック試料の場合、硝酸のみの分解処理ではメタスズ酸(H2SnO3)が残存してしまいますので、少量の塩酸を加えることで、プラスチックとSn成分を分解することができます。その際、硝酸8mlに対して塩酸0.1~0.5mlで対応可能です。多量の塩酸は有機物の分解反応を阻害してしまうため、少量の添加とします。また、試薬はあらかじめ両者を混合させて調製したものを用いてください。試料に濃硝酸を直接添加すると、速やかにサンプル表面にH2SnO3被膜が生成されてしまうためです。

硫酸+硝酸による分解処理例

硫酸+硝酸の混酸は非常に高い試料分解能力を有します。特に一部のプラスチック(ABS, PVC, PETなど)、重油やピッチのような石油製品、およびカーボンブラックなどの無機炭素試料の完全分解に非常に有効です。有機物試料では、硫酸によって脱水炭化されたのちに硝酸によって酸化されます。このときに用いる硝酸量に対して硫酸量が過少であると、炭のような残渣が発生する恐れがあります。そのため、硫酸:硝酸=1:1の混酸を使用することを推奨します。
また分解液への注水時には、多量のNOxガス発生および分解液の発熱反応がみられます。
できるだけゆっくりと注水して、分解液が室温になったのちに次の作業(ろ過、定容など)を行ってください。

フッ化水素酸に代わる試薬

ガラスや土壌のようなSiO2成分を含む試料の酸分解にはHFが必要となる一方で、HF溶液の後処理やHF試薬自体の管理に苦慮される場合があります。アルミニウムを多く含む試料の分解時にHFを用いた場合では、副生成物として難溶性のフッ化アルミニウム(AlF3)が沈殿します。そこでHFを用いずにSiO2を分解する試薬として、ホウフッ化水素酸(HBF4)があります。HBF4はHFと同様にSiO2成分を分解可能で、フッ化物の沈殿を回避できるため、特にアルミノケイ酸塩の分解処理に有効な試薬として利用できます。

王水は作り置きできない

王水のNOClガスは、塩酸と硝酸との混合後に速やかに発生揮発してしまうため、王水自体は時間経過とともに酸化力を失っていきます。また王水をプラスチック製瓶に充填した場合、プラスチック素材が著しく変色劣化します。そのため、王水は調製後すぐに使用し、余剰分は酸廃液として廃棄してください。

まとめ

無機元素分析のための試料酸分解処理においては、それぞれの酸試薬の特性および危険性を把握するとともに、対象試料の組成や測定元素および測定装置への影響も考慮したうえで、目的に応じた酸試薬を選択使用してください。

※なにかご不明な点・ご要望等がございましたら、弊社までお気軽にお問い合わせください

ドキュメント

技術資料 『マイクロ波試料酸分解法における酸試薬の正しい選択(396kB)Adobe Reader アイコン


技術情報一覧へ戻る

マイクロ波試料前処理装置